2015年2月22日日曜日

PGH リード先生 IW1

バッタの襲来に遭ったインガルスはウォルナットグローブを去り、バーオークに移住して、ホテルに経営にたずさわりました。

バーオークでローラたちが通った学校の校長先生はウィリアム・リードという男の先生で、「パイオニアガール」では二十一歳となっていますが、実際は十六歳でした。
リード先生は一八六十年にアイオワで生まれ、教育免許を取得してまもなく、バーオークで二年あまり教えました。新米の先生でしたが、とても良い先生だったと記録が残っています。その後、アイオワの別の学校で教えてから、一八八三年にダコタ・テリトリーへ移住。そして、アイオワに戻ると教え子の一人と結婚して、九十二歳でミネソタで亡くなりました。
リード先生は想い出深い先生だったようで、晩年ワイルダーは先生に教えてもらったことを感謝していると、あるエッセイに綴っています。

リード先生のお墓の写真はこちらから

「パイオニアガール」には、そのリード先生が生徒の一人を学校から追い出す話があります。農閑期には、学校にケンカ好きの連中がやってきて、クリスマスまでに先生を追い出すと公言していた、なかでも手がつけられないほどワルだったのが、モーゼだった、
ある日、彼らはそろって遅刻して来て、授業を妨害しはじめた、リード先生がモーゼに前に来るようにいうと、ケンカする気満々で先生の前にたった彼を、先生はすばやく自分の膝に倒して、幼い子どもにするように、ものさしでお尻をペンペンした、
教室は笑いの渦となり、笑い者となったモーゼは二度と学校に戻ってこなかった、他の連中も寄りつかなくなり、教室は静かになった、モーゼの噂は村中に知れ渡り、モーゼはバーオークからも出て行ったという話です。

ワイルダーの夫アルマンゾの少年時代を描いた「農場の少年」には、アルマンゾの先生だったコアーズ先生が、授業を妨害する生徒を鞭でたたきのめして追い出す話があります。その生徒は学校に来なくなり、悪さをするほかの連中も来なくなって学校が静かになったというエピソードで、リード先生の話と良く似ています。
ヒルは「こういう話はよくあったので、ワイルダーは自分の体験を「農場の少年」に使ったのではないか」と推測しています。