2015年2月14日土曜日

PGH 駆け落ち、不倫、酒、暴力 MN7

「パイオニア・ガール」ではインガルスが独立記念日の式典に出席するくだりがあります。

フライドチキン、バタつきパン、レモンパイをバスケットに詰め込んで、よそいきの服を着込んで、一家そろって出かけました。退屈な挨拶や演説が済むと、皆で歌をうたい、そのあと真っ白なドレスに身をつつんだ美しい女性と、甘い声の素敵な男性が舞台にあがりました。二人はお互いにみつめあいながら交互に歌い、すばらしい歌声を披露しました。
 それから、数日後、ローラはとうさんがかあさんに話しているのを耳にしました。
「あのカップルが一緒に逃げたそうだよ」
そして「彼らはなぜ逃げたのか、何から逃げたのか、あたしは不思議に思いました」と結んでいます。

注釈には、駆け落ち/不倫だったのだろうとあります。 「パイオニア・ガール」は大人向けに書かれたものですが、最後のローラの言葉は子どもの視点から描かれています。それは誰もが持っていた子どもの頃の無邪気さを強調していて、作品にユーモアを添え、失ってしまったものへの郷愁を誘うと、注釈者のヒルは添えています。

こういった類いの話は「パイオニアガール」にはいくつも出てきます。
ウォルナットグローブの雑貨店で働いていたジョン・アンダーソンが、ティーニー・ピーターソンと不倫をしていて奥さんのアナが悲しんでいた、あたしはアナが好きだったから悲しかった、でも、ティーニーは町から出て行ったから元どおりになった、という話もあります。でも、ティーニー・ピーターソンの在住記録はなく、ジョン・アンダーソンの奥さんの名前もアナではありません。ワイルダーの記憶は確かではありませんでした。

以前、バイ版の「パイオニア・ガール」を紹介したときにも書きましたが、幼いワイルダーは大人の世界を垣間みていて、「小さな家」シリーズのローラのように無邪気そのものではありませんでした。「パイオニアガール」からは、複雑な男と女の関係や理不尽な社会の現実を、ドアのすき間からみていたローラが見えてきます。子どもの生々しい成長をみるようで、私にはそちらの方が興味深いです。


 「パイオニアガール」には、バーオークでインガルスが暮らしていたホテルの扉には、以前、酔っぱらったホテルのオーナーが、逃げる女房に向かって撃った弾丸の跡があった、ホテルの酒場で飲んでいた男がタバコに火をつけると、口のあたりの気体に引火して炎が喉に飛び込んで行き、彼は一瞬のうちに亡くなった、といった話もあります。この話はすでにゾカート著「ローラ・愛の物語」に詳細に記されて、日本でも紹介されていますから、べつだん、新しいものでもありません。


 アメリカで「パイオニア・ガール」は好評で、いくつものレビューを目にします。けれども、ここにあげたようなゴシップ的な箇所を強調しているメディアも多く、女性週刊誌のようにセンセーショナルに報じているものも目にします。新聞のタイトルだけみると、「ほんとうのインガルスは理想の家族ではなかった」、「とうさんは暴力をふるい、駆け落ちしたらしい」と勘違いしてしまいそうです。「パイオニア・ガール」のレビューを追っていると、マスコミはこんな風にゴシップを作って行くんだな、としみじみ思います。
「パイオニアガール」は注釈つきの読みものではありません。かなり詳細な学術書です。それにもかかわらず、アマゾンでトップセラーになったのは、 アメリカにおける「小さな家」の重みだけではなく、ゴシップ的なレビューにも影響されているような気がします。