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2015年1月26日月曜日

PGH「パイオニアガール」の版

回想録「パイオニア・ガール」にはさまざまな版があるが、今回出版されたのはワイルダーによる手書きの下書き原稿である。はぎとり用紙六冊に鉛筆で書かれたもので、レインの手が加えられていないこともあり、これがいちばん事実に近いとされている。一人称で書かれ、大人の読者を対象に執筆されたノンフィクションだ。
ワイルダーは一九三十年五月にこれを書き上げてレインに渡した。添削してからタイプライターで打ち、出版社に送るよう期待していたと思われる。

「パイオニア・ガール」は何度も書き直されたので、いくつもの版がある。年代順に並べると、下書き原稿→ブランディット版→ブランディット改訂版→児童向け版→バイ版があり、下書き原稿以外はいずれもレインによる手が加えられている。ブランディット版とバイ版というのは、レインのエージェントだったカール・ブランディットとジョージ・バイの名前からつけられた。

児童向け版は、レインがブランディット版からウィスコンシンの話の部分のみを抜き出したものだ。児童向け版はレインがワイルダーに断りなく着手したもので、当初、ワイルダーはこの原稿の存在を知らされていなかった。レインは大人向けの「パイオニア・ガール」と、児童向けの「パイオニア・ガール」の原稿を準備していて、二本とも売り込もうと計画していたらしい。

「パイオニア・ガール」の下書き原稿は一人称で書かれた大人向けのノンフィクションだが、児童向け版は老婦人の視点で語られたフィクションである。この版は「おばあちゃんが小さな女の子だったころ」(When Grandma Was a Little Girl)というタイトルで知られている。一人称のノンフィクションから老婦人の語るフィクションへと変えたのは、レインだった。ワイルダーはこの児童向け版を発展させて「大きな森の小さな家」を完成させた。

大人向けの「パイオニア・ガール」も出版社を見つけられなかったが、「小さな家」シリーズの基になった。ワイルダーはさまざまなエピソードを発展させたり削除して「小さな家」シリーズを完成させた。レインのベストセラー「大草原物語」と「自由の大地」も、「パイオニア・ガール」をヒントに創作された。

今回出版された注釈付きの「パイオニア・ガール」は、下書き原稿に 注釈を加えたもの。その注釈では上記の各版との違いも扱っている。

このブログには、タイトルがPGまたはPGHで始まるページがある。PGはバイ版の「パイオニア・ガール」を扱っていて、注釈付き「パイオニア・ガール」が刊行される以前に、私がアーカイブから原稿を取り寄せて紹介したものだ。PGHで始まるページは、今回刊行された下書き原稿の「パイオニア・ガール」を扱っている。

なお二◯十五年以降、このブログのページで「パイオニア・ガール」と言う場合、下書き原稿を指す。他の版の「パイオニア・ガール」を指す場合はどの版か記すことにする。